ごっちょ手記

非武雄市民のダラッとした話

佐賀県武雄市のICT教育にまとわりつく「一人1台」と「反転授業」の関係

 

週刊朝日 2015年6月19日号

―ICT教育最先端 佐賀・武雄市のお寒い現実 タブレット端末で授業崩壊の危機 ―

 などの記事で盛り上がりを見せている佐賀県武雄市タブレット教育ですが、世間の注目ポイントは「安かろう悪かろうのタブレット端末で授業崩壊」という点に注がれているようです。まあ、べつに間違っちゃいません。ひどい話です。

 でも、もうちょっとじっくり見ると、さらに興味深い話に繋がっていくので、今回はその辺をご案内します。

 

樋渡流教育改革 ― デジタル教科書推進団体の道具だった! 

 こちらの記事で紹介されている武雄市とデジタル教科書教材協議会(DiTT)の議事録で、興味深いキーワードが何度も登場しています。「一人1台」です。記事を読むと分かりますが、武雄市ICT教育推進協議会座長の松原聡東洋大教授が何度も使っています。また、この松原教授が出した答申にもこんな項目があります。

2 整備する対象の学年
 小中学校全学年の全児童生徒(約4,000名)全員に配布することが望ましい。

急浮上した恵安製PC 

 一方で、こちらの記事で紹介されている議事録でも、デジタル教科書教材協議会(DiTT)副会長の中村伊知哉慶大教授がこのようなことを言っています。

中村:1人1台年間1万円(保守料全て込み)で導入できたら、他の自治体でも導入したいという話は聞いている。これができれば一気に拡がる。

 もうとにかく「一人1台」!って感じですね。

 どうやら、松原教授や中村教授にとって武雄市の教育改革で「一人1台」の条件が満たされないのは絶対にダメで、言い換えると「一人1台じゃなくてもタブレット教育は十分可能だ」という前例を作ってはならなかったようです。

 「一人1台が満たされないのはダメ」というのをもっと具体的に言うと、「家庭科室のコンロのような『5人に1台くらいのタブレット』だとか、体育倉庫のサッカーボールのような『学校全体で使いまわすタブレット』であってはいけない」ということです。

 なぜなら、そんな前例が生まれあまつさえ常識レベルにまで発展してしまったりしたら、学校でのタブレットの大量購入やデジタル教科書の大量購入に繋がりません。これはデジタル教材を売りまくって儲けたい人たちにとってはものすごく困ることです。もしかすると「一人1台」が満たされないなら武雄市でのタブレット教育の話そのものを白紙に戻しても構わないくらいの判断はしたかもしれません。私ならします。

 最近話題の恵安製の粗悪タブレット武雄市が最終的に選んだ理由も、結局これです。iPadだと一人1台に行きわたらせるには予算オーバーだったのです。武雄市で「一人1台」の前例を作ること。それが松原教授や中村教授に課せられていたミッションだったわけです。

 

 さて一方、「一人1台」のために松原教授は無茶苦茶な理屈を提示していました。それが反転授業です(武雄市とその関係者らはスマイル学習という呼称を使っていますが、ここでは反転授業で通します)。

 反転授業とは、本来は授業で学んだことを放課後に復習するのを、まずは自宅で予習をしてから授業で復習するというふうに反転する授業形態です。詳しくは検索してください。

 

 武雄市ではタブレット教育と反転授業がセットになっています。小学生に反転学習をさせるとか大丈夫?などの物議も生まれましたが、そこの議論はここでは置いておきます。

 なぜ教育の専門家でない松原教授がいきなり反転学習を持ち出したかというと、それには「自宅での予習」という要素が入っていたからと考えられます。先述した"家庭科室のコンロのような「5人に1台くらいのタブレット」だとか、体育用具のような「学校全体で使いまわすタブレット」"では、生徒が家にタブレットを持って帰れません。つまり、反転学習の「自宅での予習」は不可能である。そのため、絶対に「一人1台」の整備が必要である――要はそういう逆さまの理屈です。

 この逆さまの理由付けこそが武雄市が反転学習をはじめた本当の理由なのでしょう。

 

 ちなみに松原教授は、武雄市の予算を2億1869万6236円も使って絶対に反転学習をしなければならない理由を用意してない語ってないと思いますが、まあたぶん「学力が向上するから」なのでしょうね。

 

 

 

 まとめ。

 

 1.子供たちの学力を向上させたい

 2.日本中の生徒にタブレットを売りたい

 

 このなかで、最終的な目的は何番になるでしょうか。当然、普通は1番の「子供たちの学力向上」です。しかし世の中には最終目的が2番の「日本中にタブレットを売る」になってしまう人たちがいます。そういった人たちは、必死に頭を使って、逆さまの理屈を考えてどうにか1番に連結させます。その結果、1番と2番の間に新しい理屈Xが生まれる。

 

 1.子供たちの学力を向上させたい

 X.自宅で予習をする反転授業のためには一人1台のタブレットが必要不可欠

 2.日本中の生徒にタブレットを売りたい

 

 

 松原教授ががんばったので、Xから2へはまあまあ?スムーズに繋がって?います?が、しかし1からXの流れにはかなり無理があると私は思います。

  

 結局のところ、恵安製の粗悪タブレットで授業崩壊というのは目を引きやすいですが、それは「一人1台にタブレットを配布する前例を無理矢理作ったために起きた弊害」であって、ある意味で支流の話であり偶然の産物です。仮に恵安製のタブレットがあまり故障しなかったなら武雄市タブレット教育改革は万事善哉だったのかというと、そうではないわけです。

 

 子供たちの学力を向上させるというのは結構ですし真剣に考えてもらいたいことです。しかし、武雄市ではそのための手段が必ず「お金のかかるやり方」であり「特定の企業・団体に流れる」という構図になっています。

 ゆえに、たとえ学力が向上したとしても武雄市タブレット教育改革はおかしいと私は思います。――まあしてないんですけど。

 

 佐賀県武雄市「ICT教育」のタブレット活用-- 「成績向上の可能性アリ」も正相関ナシ

2014年度の各校の5年生算数のスマイル学習実施率と、スマイル学習実施前の成績の変化率の相関を分析した結果、相関関数は「-0.20697」となり、小学校ごとのスマイル学習の実施率と成績変化の間に正の相関関係は見られなかった。

 

 

 最後に。

 中村教授はかつてこんなツイートをしていましたが、

  劣悪タブレットによる授業崩壊が話題になったあとはこう言い出しました。

 

 

  この先、どうなることですやら。